23時の都市伝説、江戸時代「蕎麦投げお園」は実在した?真相は?

都市伝説
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皆さま、こんばんは。
23時の都市伝説のお時間です。

江戸時代、安永年間(1772~1781)頃のお話です。
東海道相模国藤沢宿に「桔梗屋」という蕎麦屋がありました。ここにお園という名の女中が働いていました。

お園は農家の娘でしたが、子供の頃から蕎麦切りを作ることが大好きで、18歳の時に桔梗屋に奉公に出たのです。

藤沢宿は大山の石尊が有名で、6月から7月にかけて多くの参詣客で賑わいます。
そんななか、お園の作る蕎麦はたちまち評判になり、桔梗屋は非常に繁盛したと言います。

蕎麦、イメージです

評判を聞きつけ、江戸からわざわざ足を運ぶ蕎麦好きもいたらしい。
お店はうれしい悲鳴をあげていたのですね。

それでどうなったのかというと…。

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江戸時代「蕎麦投げお園」は実在した?真相は?

あまりの繁盛ぶりに店では手が回らなくなり、おかわりの注文をするお客に対し、わざわざ蕎麦を運んでいる暇もなかったのか、お園は台所からお客のお椀目がけて「いくわよ」と蕎麦を投げ入れるようになりました。
はあ、マジで?

これが百発百中!
スゴ技のパフォーマンスです。

一度も外れたことがないというので、「蕎麦投げお園」と呼ばれるように。
そうなると、お園を一目見ようとさらに客足は増え、桔梗屋の評判は益々高まっていったのです。

その人気ぶりのため、付近の旅籠屋も泊まり客が絶えず、お園はお園大明神ともてはやされました。

ところが「好事魔多し」と言いますか、この「お園人気」にヤキモチを焼いた桔梗屋の女将が難癖をつけて、お園をクビにしてしまいました。

あらまっ。
クビにするとは。

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代わりの「蕎麦投げ娘」をスカウトしてきましたが、もちろんうまくお椀には入りません。
やがて桔梗屋は寂れていき、いつの間にか店を畳んだそうです。

ただ、この話ちょっとヘンですよね。
細く切った麺である蕎麦切りを投げるって無理があるでしょう。おかわりを待つお客のお椀にはおつゆが残っているでしょうし、毎回、入るはずはありません。

これはおそらく、台所でお椀にポイポイと麺を放り込むのが手早くて見事だった、と言うのが真相でしょう。
それを大げさに、お客のお椀に投げ入れたというふうに脚色したのではないでしょうか。

加えて、女将のヤキモチでクビになったというのも、単なる噂話だったのかもしれませんね。

まとめ

まあ、こんなエピソードが残っているのが微笑ましいとも言えます。今でも飲食店には、ちょっとしたパフォーマンスを取り入れているお店もありますしね。江戸時代ならではの話題でしょうか。

※参照『別冊歴史読本 江戸時代おもしろ人物百科』

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