皆さま、こんばんは。
23時の都市伝説のお時間です。
本日は江戸時代の町医者のお話。
日本橋に中村玄益という本道(内科)の医者がいました。
大いに流行って、収入が増え、財産もできて、ついには妾を抱えることに。
ところが、このお妾さんがこともあろうに、若党(使用人)と密通したのです。
怒った先生、2人を庭で全裸にして、急所にお灸を据えたのです。
熱さに悶絶する2人、ついには急死してしまった!
この事件ってホント?ウソ?
詳しくみていきましょう。
江戸時代の町医者、使用人と密通した妾の急所にお灸を据えて急死って!?
先生には本妻と妾がいたわけですが、若党もいました。
こともあろうに、その若党が妾に手を出し、先生に見つかってしまいます。
怒った先生、
下男を使って2人を素っ裸にして庭に引っ立てました。
そして罰として実行したのがお灸を据えること。
それも身体を後ろ手に縛ったうえで、股間にお灸を!
実行したのは下男たち。
「熱い、熱い!」
「許して~」
2人はヒイヒイ大声を出しながら謝ったが、先生は耳に入りません。
妾と密通男の急所にお灸を据えて2人とも悶絶死!
お灸の量が多すぎたのか、燃え尽きる前に2人は悶絶死!
2人の息のないことを知って、先生も驚きました。
医者ですから、死亡確認し、真っ青に。
こうなると、焦ったのは先生のほうですね。
これはまずいとばかりに、縄をほどき、医術をつくして治療にあたりました。
ところが、もう息を吹き返しません。
「偽装するしかねえな……」
適当な病名をつけてそれぞれの親もとへ引き渡しました。
若党のほうはうまくごまかせましたが、妾の親は不審を抱きました。
親は急所が大やけどを負っていることに「何か変だ」と思ったのでしょう。
まあ、前代未聞ですからね。
それでお上に訴えました。
調べが始まり、結果、先生は御用となったのです。
股間が大やけどだから、すぐにわかりますよね。
先生はついに事件の顛末を告白。
判決が下りました。
先生の住まいは借家でした。家主は吉田屋九兵衛という材木屋。家主の家は隣で、家主でありながら事件を見逃したことで罪に問われました。
「何も知らないのは不埒」ということで、家主も入牢。
2人の冥福を祈り、やがて3千両を寄進して出牢となりました。
そして実行犯の下男どもは、灸を据えたことや全裸にして身体を縛った罪などで、江戸追放に。
さあ、犯罪の主犯、玄益先生はどうなったのでしょうか?
医道に合わぬ犯罪を犯したとして市中引き回しのうえ、獄門(死刑)となりました。
何しろ殺人事件ですから。
お灸治療にはツボがあり、疾患に効果的と言われていますが、さすがに急所には施しません。
先生はこらしめてやろうと思ったのでしょうが、やはりやり過ぎでした。
本妻もびっくりでしょう。
この事件は、ホントということになりましょう。
(参考文献:にっぽん奇人変人列伝)
なお、妻妾(さいしょう)同居は明治初期まで一般的に見られた風習で、戸籍上も「妾」の文字がありました。明治13年に刑法の制定にあたり、妾の文字は消え、明治31年になって民法で重婚の禁止となりました。
まとめ
お灸を据える。行き過ぎは禁物ですね。江戸時代にはこんな事件があったのです。
妾の風習は、現代では「愛人」でしょう。
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