「ブギウギ」笠置シヅ子の実像とは?当時の評判は?実際は下品だったのか

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皆さま、こんにちは。
まんじろうです。

朝ドラ「ブギウギ」のモデルは笠置シヅ子です。今やすっかり有名人ですが、当時はどんな評判だったのでしょうか。下品な女性だったともいわれているし、いったいその実像とは?
さまざまな人たちが笠置シヅ子のことを語っていますので、そこから実像を探ってみたいと思います。

「ブギウギ」笠置シヅ子の実像とは?当時の評判は?

笠置シヅ子を育てた作曲家の服部良一は、彼女をこう評しています。

「笠置君は弟子として、非常に可愛い弟子だ。気の強い人だが、知ってしまえばそれまでの女だ。開けッぱなしで情にもろくて、苦労性でお天気屋で、仲々もって面白い性格である。人見知りはするが、打ち解けてしまうと甘ッたれて、すぐ焼き餅をやく。」

「洒落たところで洒落た人たちだけに洒落た歌を聞かせるたぐいの人ではない。あくまでゴミゴミした街の中で、大衆の灯となって歌う陋巷(ろうこう)の歌い女である。」

国民的喜劇俳優の榎本健一は、次のように語っています。

「ブギの女王として、彼女はいま、日本中の血をわかしている。エキゾチックな、捨身な、サビのある、そして口先の技法だけでなく、腹の底から湧き出るあの声。
それは聴くものの情熱をかきたてずにはおかない。
彼女は全身で踊り、全身で歌う日本でただ一人のオトナの歌い手である。」

「彼女は非常に謙譲で苦労人肌である。あのふてぶてしい舞台から、どうしてあのように義理堅くて几帳面で、気のよく廻る女性を想像出来るだろう。」

さらに演劇評論家の旗一兵も、あくまで「見せて聞かせる歌手」だと評価しています。

「舞台の笠置君から受ける感じは、型はずれの飛拍子もない女だが、事実はそんなに型はずれではない。~~洗練された都会的雰囲気を身につけていない野人で、その野人精神でスイングの女王にのし上がった。」

セッカチで慌てん坊で十分間もジッとしていない。」とも。

当時の女優や歌手は、女優らしさや歌手らしさというか、ある気取りを持ち、「嘘」の姿を持ち合わせていたらしいですが、まあ、それは今でもあるでしょうけど、笠置シヅ子に限ってはそういう飾り気のない人物だったようです。

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「ブギウギ」笠置シヅ子、実際は下品だったのか。

作家の林芙美子は、まずこう記していますね。

「私は淡谷のり子、渡邊はま子といった人たちが好きであった。だが笠置シヅ子のように複雑きわまる舞台アングルを持った歌いぶりは、以上の二人にはない。全身で踊り、歌う。」

笠置シヅ子は常に全身で踊り、歌う歌手だったようです。

そしてーー。

男女で評価はわかれていたようで、やはり下品だとする意見もあります。

「彼女の芝居を見て来た男の人は、笠置シヅ子だけ観せてくれるといいのだが、背景にゴミゴミと登場人物があるのが気に食わないと言っていた。女の人にいわせると、なんだか下品で、私はやっぱり宝塚の上品さを買いますという。」

 

また、彼女の自伝『歌う自画像 私のブギウギ伝記』(宝島社)でも、服部良一先生から「君の声は色気がないな。電話で、わて笠置だす、と言われるとお座がさめるよ」とよくいわれたと明かしています。

「わて」という一人称の人代名詞は、朝ドラでも、ヒロインのスズ子は常に使っていますね。
彼女の自伝でも、「わて」がよく出てきます。

わては、大阪ことば辞典によると、アテ、ワテとあって、中高年女性が使用とある。ワタイをぞんざいに言った言葉で、ワタシ→ワタイ→ワテとなったようです。
「買物ブギー」という歌には、「わてほんまによう言わんわ」という歌詞が出てくるし、最後には「オッサン」を連呼します。

まあ、宝塚の上品さが好きな人には、これは下品に思えるでしょうね。

実際、下品だという評価もあったようですから。
ヒロイン役の趣里さんは、そこをうまく演じ切っていると思いますね。下品さを感じませんからね。

まとめ

大阪では当時、女性は「わて」が一般的だったのでしょうか。ただ、共通の評価は「全身で踊り、歌う」ということでした。今回は笠置シヅ子の実像を探ってみました!

参考文献:笠置シヅ子著「歌う自画像 私のブギウギ伝記」(宝島社)

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