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【情熱大陸11/8】ヒコロヒーとは何者?学歴・経歴から下積み時代、作家の顔まで徹底解説
はじめに

番組より
2026年11月8日放送の「情熱大陸」に、ピン芸人のヒコロヒーさんが登場します。番組でのキャッチコピーは「国民的地元のツレ」です。自分のことを「ワシ」と呼び、気負わない雰囲気のままテレビやラジオ、CM、映画、Podcast、さらには新聞の書評欄にまで活躍の場を広げています。本人も「稼がせてもらってます」と、売れっ子であることを隠しません。
一方で、初めての短編小説集『黙って喋って』で島清恋愛文学賞を受賞するなど、作家としても高く評価されています。それでも本人は「本業はあくまでお笑い」という姿勢を崩しません。今回の放送では、年に一度の大仕事である単独公演の舞台裏に密着しています。
この記事では、ヒコロヒーさんのこれまでの歩みを学歴・経歴・下積み時代・作家活動の順にたどり、「ヒコロヒーとはいったい何者なのか」を掘り下げていきます。
ヒコロヒーのプロフィール
生年月日:1989年10月15日
出身地:愛媛県
所属事務所:松竹芸能
趣味:競馬、麻雀、映画
特技:盲牌(麻雀牌を指で触って見分けること)、英語、韓国語(日常会話レベル)
出身は愛媛県と公表されていますが、市町村までは明かされていません。ネットでは具体的な地名がうわさされることもありますが、どれも確かな情報ではありません。
学歴:ガソリンスタンドに就職するはずだった高校時代
高校時代のヒコロヒーさんは、お笑いが好きな「普通の高校生」でした。『めちゃ×2イケてるッ!』や『笑う犬の生活』を見て育ち、高校生になるとブラックマヨネーズさんやくりぃむしちゅーさんのラジオを聴くようになります。M-1グランプリもよく見ていたそうです。
ただ、当時は芸人になるつもりはまったくありませんでした。高校ではガソリンスタンドでアルバイトをしていて、3年生のときにはそのまま社員として就職することが決まっていたといいます。学校の友達よりも地元の友達と遊ぶことが多かったそうで、この「地元感」が、のちの「国民的地元のツレ」というキャッチコピーにつながっているのかもしれません。
そこへ「どうしても大学に行ってほしい」という親の希望があり、大学も受けることになります。受けたのは1校だけで、合格したのが近畿大学文芸学部芸術学科でした。大阪の大学を選んだのは、大阪・ミナミの街に憧れていたからだそうです。本人は「ぜんぜん勉強してなかったので、自分でもようやりましたね」と振り返っています。
芸人への道:学園祭での「代打」がスカウトに
人生が変わったのは大学2年生のときです。学園祭のお笑いイベントに参加していたところ、落語研究会の先輩から「欠員が出たから、3分間お前何かネタをやってくれ」と頼まれます。引き受けて落語をもとにした一人コントを披露したところ、それを見ていた松竹芸能のマネージャーにスカウトされました。
ただ、このときも芸人になる気はなく、渡された名刺も「はいはい〜」と軽く受け流していたそうです。結局は松竹芸能の大阪養成所に特待生として入り、2011年にデビューしました。
デビュー直後から大喜利の腕前が注目されます。フジテレビ「IPPONグランプリ」の出場枠をかけたスピンオフ企画「IPPONスカウト」の第1回に登場し、バカリズムさんや設楽統さんらから高く評価されました。2014年には決勝の回答者5人にも選ばれています。
芸人の活動と大学生活の両立が難しくなり、2013年春に大学を中退しました。本人は、単位が取れずもともと辞めたかったところに「お笑いという夢が見つかった」という理由ができた、という趣旨のことを話しています。真面目な決意表明というより、どこか力の抜けた語り口が、いかにもヒコロヒーさんらしいところです。
苦労人の素顔:住む家もなかった下積み時代
いまでこそ売れっ子ですが、ヒコロヒーさんの下積み時代はかなり厳しいものでした。2021年に出演したテレビ朝日の特番「かまいガチ」では、住む家もなかった「人生で一番つらかった時期」を振り返っています。当時の「カサ増し料理」を再現して食べるうちに思い出がよみがえり、カメラの前で思わず泣いてしまいました。本人は「泣く予定ではなかったんですけど」と照れながら話しています。
お金にまつわる話も有名です。モーニング娘。の矢口真里さんの大ファンだったヒコロヒーさんは、まだ売れていなかった頃、会ったこともない矢口さんに電話をかけ、「大好きなんです、お金貸してください」と頼んだそうです。驚いた矢口さんも最後は笑って10万円を貸してくれたといいます。とんでもない話ですが、どこか憎めないところがヒコロヒーさんの持ち味です。
この頃の生活は、初めてのエッセイ集『きれはし』にも書かれています。「小銭になるかも」とネットで日記を書き始めた日のことや、28歳で始まった恋愛などが、独特のおかしみのある文章でつづられています。2026年8月に出た文庫版では、当時の同居人だった芸人のつるさん(太陽の小町)が解説を書いています。
ブレイク:「キョコロヒー」と「国民的地元のツレ」
転機は2020年前後に訪れます。2019年には、同じ事務所にいたみなみかわさんとのユニット「ヒコロヒーとみなみかわ」でM-1グランプリに出場し、男女の役割を入れ替えた漫才で注目を集めました。2020年にはTBS「有田ジェネレーション」のレギュラーになり、バラエティ番組への出演が一気に増えていきます。
そして2021年4月、日向坂46(当時)の齊藤京子さんとの冠番組「キョコロヒー」(テレビ朝日)が始まりました。アイドルと芸人というちぐはぐな2人のトークが受け、2023年には秋元康さんが手がけた番組発の楽曲で「ミュージックステーション SUPER LIVE」に出演するほどの人気番組になりました。
同じ2021年には、エッセイ集『きれはし』を出版し、12月には「女芸人No.1決定戦 THE W」の決勝にも進みました。この年が「ブレイクの年」と言われています。2022年1月には、松竹芸能の社長から「これからの二枚看板はヒコロヒーとクロちゃん」と言われたことをバラエティ番組で明かし、笑いを誘っていました。

マルチな活躍:俳優・脚本家・ラジオパーソナリティ
ヒコロヒーさんの活動はお笑いだけにとどまりません。
俳優としては、月9ドラマ「ミステリと言う勿れ」や、オードリー若林正恭さんと南海キャンディーズ山里亮太さんの半生を描いた「だが、情熱はある」などに出演しています。映画でも「大名倒産」「カラオケ行こ!」などに出ていて、演技の評価も高いです。
脚本家としては、2025年に朝日放送の「トーキョー・カモフラージュアワー」で脚本を担当しました。ラジオではTOKYO FM「木曜喋るズ『トーキョーエフエムロヒー』」のパーソナリティを務めており、2026年12月には番組初の単独イベント「ツレ会2026」も予定されています。2023年には「GQ MEN OF THE YEAR 2023」でブレイクスルー・エンターテイナー賞を受賞しました。
まさに「あらゆるメディアを席巻している」という言葉どおりの活躍ぶりです。
作家としての才能:『黙って喋って』で島清恋愛文学賞
芸人には文章のうまい人が多いと言われますが、ヒコロヒーさんもその一人です。2024年1月に出した初めての短編小説集『黙って喋って』は、2025年に第31回島清恋愛文学賞を受賞しました。優れた恋愛小説に贈られる文学賞です。
収録されているのは、どこにでもいそうな男女や友人どうしの、なんでもない会話ばかりです。それでも恋愛のめんどくささや愛おしさがリアルに描かれていて、人間をよく見ている観察力が評価されました。読者からも「言葉の選び方が好き」「自分と同じ話ではないのに、なぜか共感できる」といった声が多く寄せられています。韓国語版も出版され、現地のトークイベントには定員を大きく超える応募があったそうです。
ところが本人は、これからも小説を書いていくのかと聞かれても、あまり乗り気ではない返事をするそうです。文学賞をとっても浮かれず、自分の場所はお笑いだと考えている。この距離の取り方に、ヒコロヒーさんという人がよく表れているように思います。
年に一度の大仕事:すべてを自分で手がける単独公演
そんなヒコロヒーさんがいちばん力を入れているのが、毎年開いている単独公演です。2025年11月には第13回公演「spoiled」を東京・上野の飛行船シアターで開きました。チケットは毎年すぐに売り切れる人気ぶりです。
ネタはもちろん、舞台美術、音楽、照明、幕間に流すドラマまで、演出はすべて本人が担当しています。グッズやフライヤーのデザインも自分で手がけているそうです。普段の「気負わない」イメージとは違い、笑いに対しては一切妥協しません。今回の「情熱大陸」では、その真剣な姿に密着しています。
恋人はいる?結婚は?
気になる恋愛事情ですが、2026年11月時点で結婚の発表はなく、独身とみられます。以前、写真週刊誌に男性との「デート」を報じられたことがありますが、本人は「芸人の後輩と飲んでただけ」と否定しています。
最近は恋愛リアリティ番組のMCとして、自分から別れを告げた元恋人の話をしたり、「なかなか好きになれない」と恋愛観を語ったりする場面もありました。恋愛小説で文学賞をとった人らしく、恋のめんどくささも愛おしさも知っているヒコロヒーさん。これからの恋の行方にも注目です。
まとめ:ヒコロヒーとは何者なのか
ガソリンスタンドに就職するはずだった愛媛の高校生が、親の希望で大阪の大学へ進み、学園祭の「代打」をきっかけに芸人の世界へ入りました。住む家もない下積み時代を経て、30歳を過ぎてからブレイクし、いまではテレビ、ラジオ、映画、脚本、そして文学賞までを手にしています。
それでも本人はいつも肩の力が抜けていて、「ワシ」と自称しながら、地元の友達のような距離感で人と接しています。その気取らなさの奥には、人間を見つめる鋭い目と、笑いへのまっすぐな思いがあります。「国民的地元のツレ」という言葉は、そんな二つの顔をうまく言い表しているのかもしれません。

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